テーマ:回想記

45年前の思い出:平泉中尊寺

このところ芭蕉の話に凝っています。 そこで「奥の細道」に関連して平泉の思い出をひとくさり。 私がブログを始めたきっかけが昔の北海道のサイクリングを車で辿ったことを記録するためでした。 そのときの記録が次です。 昔の北海道サイクリングのトレース旅 昔の北海道サイクリングのトレース旅 -2 昔の北海道サイクリングのトレース…
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ループルバス

1時間15分かけて仙台市街を観光するループルバスに乗った。 40年ぶりに通る道路などもあり懐かしかった。 そんな観光ルート中これはという場所があったので紹介します。 なんの変哲もないグランドだが、大学時代に工学部の運動会で学科一位になって、しこたま賞品の酒をもらった思い出の場所だ。 その夜の宴会で私は酔いつぶれトイレに倒…
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顕微鏡ミクロの世界

先日ミドリムシの話をしました。 これで私は一気に昔のプランクトンの世界に舞い戻ってしまいました。 図書館でプランクトン図鑑を探しましたがありません。(植物図鑑とか動物図鑑はあるのですが) さすが専門的すぎて置いていないようです。 仕方がないのでネットを漁ったらこんな素晴らしいものが見つかりました。 ミクロワールドサービスと…
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私の山行「八が岳」

先日中央道をドライブしていて、八が岳PAに寄った。 ここからは八が岳が良く見える。 それを眺めていたら昔の記憶が蘇ってきた。 そうだ山岳会の友人と八が岳に登ったっけ。 昨年10月に私の山行「上高地・涸沢」をアップしました。 それじゃ私の山行「八が岳」編を記録しておこう。 冬だったから上高地・涸沢の登山の後だと思うが、…
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伊勢路の2泊3日

次は私の40年来の親友でこのブログにも登場するI氏が1999年9月に淡路島から伊勢まで訪ねてきてくれた時の行動記録だ。 PCの片隅に保存してあったのをたまたま見つけた。 今読むと懐かしさに胸が締め付けられる。 生だと支障が生ずる箇所があるので、アレンジを加えてここに紹介する。 痛快 伊勢路の2泊3日      …
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ヤマトタケル連理の榊

先日のブログ「南鍛治町のおこんじんさん」を訪ねた時、足を延ばした先に「白鳥神社」があった。 よくみると「祭神:日本武尊」と書いてある。 「ならばヤマトタケルが亡くなった時、白鳥になって大和に向かって飛んで行ったという伝説やなー」 それにしても神社らしからぬ建物だなーと見ると、靴がいっぱい脱いであってがやがやと子供の声が聞こ…
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コメが鍛えた日本人

私の愛読メルマガ「国際派日本人養成講座」の今朝のタイトルです。 私の子供のころに読んだ本で、今でも忘れられないフレーズがある。 「コメはうますぎるのが玉にきず・・うますぎるからついつい食べすぎる・・・・」 皆さんも身に覚えがあるでしょう。 熱々のご飯に卵をかけて、お新香に味噌汁、あーたまりませんな。 日本人に生まれて良…
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このまざわキャンプ場の思い出

先日山梨県猿;橋の「駒橋発電所」を訪れましたが、このときここを流れる桂川(相模川)の水源が山中湖であることを知りました。 私は長いこと山中湖の水源は道志川だとばかり思っていました。 だって地図で流れの先をぱっと見ると、山中湖方面に向かっているからです。 えっ!本当?俄かには信じられず、地図を詳細に辿ってみると本当だ! ああ俺…
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初めての愛車は12000円

先日より仙台に来ているが、本日車で昔懐かしい川内のキャンパスの周りをウロウロしました。 そうしたら40数年前のある事件を思い出し、その現場に思わず足を止めました。 ああこの坂だ。 ここで車を壊したっけ。 その時のことがまざまざと瞼に浮かんで来た。 その話をちょっとしよう。 学生の時だ。 友人の友人が北海道旅行を…
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節分の思い出:只見

友人が節分の話題をメールでくれた。朝日新聞に載っていたそうだ。 その中から興味ある話を一つだけ。 あの「恐れ入谷の鬼子母神」でお馴染み台東区下谷1丁目。 子どもを奪い食べる鬼女が仏道に帰依して神になったという鬼子母神。 ここでは「福は内」の後に「悪魔外」という。 へーそうなんだ。「鬼は外」とは言わないのね。 「鬼は外…
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君が代 さざれ石公園

橋下維新の超売国奴ぶりということでまとめられた方がいます。 それをみると誠にごもっとも。石原さんは本当にどうしちゃったのよ! 橋下にうまいことだまされちゃったんですか? 以下「まさか!右翼と呼ばないで!」から橋下維新の超売国奴ぶりの引用です。 http://politiceconomy.blog28.fc2.com/blog…
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エンスケデの思い出

先ほど日本の空港の事を話した。 この時そう言えば外国には何カ国行って、どんな空港を見たんだっけなーと思いを馳せてみた。 スペインの思い出は先ごろ述べた。 あんまり言いたくないが、一応自分史の記録のために書いてみる。 まず最初が韓国。40年前だから今ほど日韓関係が険悪じゃなくのんびりしていた。 でも今考えると自分の汚…
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昔の我が家がとり壊される

私は小学校5年の11月に只見から勿来に引っ越した。 しばらくは借家住まいであったが、6年の時に家を建てることになり、当時田んぼであった土地を常磐火力発電所の焼却灰で埋め立てた。 灰というだけあって、まさしく灰色の「もそもそ」したもので、ずぼずぼ足がもぐる。 それを固めるため、私は数日間水まきをした思い出がある。 だから今でもここ…
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只見線・日帰りの旅1987

回顧録ついでに東京から只見線を日帰りで回った話をしよう。 17.5時間の鈍行の旅でした。 青春18切符が売り出されたのが1982年3月で、この頃から18切符で鈍行乗りを趣味にしていた私は、正月になると、じっとしていられなくなり決まってローカル線の旅をしていた。 只見線の日帰り旅は1987年1月4日のことだ。 元旦には鹿島…
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私の山行「上高地・涸沢」

昨日の低山歩き「鷲嶺」1997.3のついでに、それより9年若かったころの話をしよう。 1989年5月4日のゴールデンウイークに北アルプスの「涸沢」に出かけた。 当時の移動の記憶はない。記録をみると新宿23:00上高地6:00とあるから夜行バスで行ったんだろう。 この時は会社の同僚だが伊勢山岳部の友人に連れられて初めての北アルプ…
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私の山行記録「鷲嶺」1997.3

いよいよ昔の山歩きの話をしよう。 これは登山というには気が引ける。 低山歩きとでも言った方がぴったりくる。 30代の頃は北アルプスや八が岳、谷川岳に登ったこともあるが、これから取り上げる山は40代に伊勢に住んだ頃、近くの山にハイキング気分で登った数百mの低山である。 そんな山を2年ほどで30近く登ったが、いずれも感心にも…
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街道歩き(三重県)

先日「斎王の道」のことをちょっと話した。 私は街道歩きが趣味で、東海道の街道歩きについては以前に紹介した。 http://katintokei.at.webry.info/201208/article_8.html 街道歩きは、過去の歴史と当時の旅人になった気分に浸れるので、本当に楽しく興味が尽きない。 そこで今回は記録…
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いま思い出した吉田兼好の墓と斎王の道

平将門の三女の瀧夜叉姫のことはすでに触れた。 その瀧夜叉姫を調べてあっちこっちネットを飛び回っていたら何故か徒然草の吉田兼好に行き着いた。 吉田 兼好は京都の吉田神社の神官の家柄、卜部家の分家の三男に生まれたということから、平将門の伊勢神宮の神代文字と卜部家がどこかで繋がったと思われる。 なぜここで吉田兼好の話かと言うと、…
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スペインの思い出

本日午後TVをちょっと点けたら、スペインのサンセバスチャンという町のグルメを紹介していた。 サンセバスチャンは美食世界一の町と言われるらしい。 そうしたらその話の中にバスク地方とかビルバオという町の名前が出てきた。 あっ!ビルバオって30年前に行ったことがある町じゃないか。 たちまちその時の記憶が蘇った。 私は技術者だ…
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北海道を訪れた思い出

今回の北海道旅行を終って、一体、今までどのくらい北海道に行ったのだろうと考えてみた。 東京に居れば北海道はやはり遠い。 気軽にホイホイ行ける距離じゃない。 これは記憶が飛ばないうちに北海道の足跡を記録しておかなくちゃと思い立った。 時系列に並べて見る。 ①.学生時代に友人と三人で約20日間サイクリングで北海道1周したこ…
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つぶやきの思い出 卒論の噴火湾研究

私の卒論は噴火湾の砂の研究だった。もう40年前のことだ。 突然の話題で恐縮だが、今回北海道に遊びに行くに当たっていろいろ調べ物をしていて、当時のことを思い出したのだ。 なんか訳のわからない研究と思われるだろう。 そう、私もその卒論の中身は卒業以来忘れていたし、控えも持ってないから正確なことはもう言えない。何?と言われても困…
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北海道旅行に行って来ます

10日から12日まで北海道旅行に出かけます。 40年ほど前に行った支笏湖を見てきたいと思います。 私がまだ学生をしていたころ、一足先に社会人になった友人が函館近くに勤めました。 その友人を訪ねて行った時に支笏湖でキャンプをしました。 そんな思い出の場所を再訪しようという訳です。 今思い出そうとしても支笏湖がどんなところ…
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東海道53次は踏破できるのか

以前のブログで東海道53次の三条大橋についてちょっと触れた。 もう10年以上前になるが、三重県に単身赴任していたころ徒歩探索に目覚めた私は三重県内の東海道53次は全部歩いた。ついでに三重県内の伊勢本街道も参宮街道も熊野街道も全部歩いた。 でも東海道全線踏破はまだ完了していないのだ。 いつ完了するか判らないし、ひょっとすると未完…
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チェーンソーで木を伐採した経験

私が学生の頃アルバイトはいくつか経験したが、後にも先にもチェーンソーで木を伐採したのは1回きりだ。 妻の父が製材所を経営していたので、アルバイトで伐採を手伝ったのだ。 仙台の多賀城にあった製材所の近くの杉林で、私の親友と一緒だった。 妻の父に指導してもらい、チェーンソーの使い方や、木を倒す向きの刻みの入れ方や、枝払いなど全て初…
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潮騒の神島

私の友人から森田必勝に関するメールが届いた。森田必勝(まさかつ)は市ヶ谷の自衛隊基地で三島由紀夫のあとを追って割腹自殺した男であるが、彼の防衛思想の論文は今もって色あせない。 って言うか、それから40年も経つのに、日本はその防衛思想において何も進化していないのである。 さてその森田必勝の論文は次を参照してください。 http://…
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入水鍾乳洞

「入水(いりみず)鍾乳洞」は福島県の「あぶくま洞」の近くにあるローカルな鍾乳洞です。 先日「ニッポン地下観光ガイド」という本を読んでいたら入水鍾乳洞のことが紹介されていて、思い出したのです。 かれこれ48年ほど前に、中学校の社会科見学でこの鍾乳洞にもぐりました。 当時すでに定年にちかい社会科のおばさん先生に連れられて、数十名で出か…
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鈴木主水屋敷

北茨木市の平潟港のほぼ中央、港を一望する高台に、数百年の間平潟港を見守り続けた、茅葺きの屋敷がある。 江戸時代に、東廻り海運の重要寄港地、関東と奥州の接点であった平潟港の浦役人・庄屋として、江戸中期から幕末までの平潟を支配した鈴木主水の屋敷である。 ところがその幕末直後に、鈴木主水は歴史の舞台からは突然消えてしまいました。 …
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磐城高校生物部

先日のブログで「プランクトン(丹後沢の思い出)」を紹介しました。 この中で「我らの生物クラブは読売科学賞全国3位になりました。」と書きましたが、先日、母校である磐城高校の85周年記念誌を図書館でみつけました。 1979年発行ですから、私が磐城高校を卒業して10年以上経ってからの発行ですから、今まで見たこともありません。 ひ…
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平家伝説

三重県の松坂市の北西になめり湖という人造湖がある。灌漑用水専用のダムである。 どこにでもありそうな普通のため池で、特にこれといった見所があるわけではありません。私もこれといった記憶がありません。 そんな「なめり湖」のどこが話題なのかというと、実はこの山奥に平家の伝説があるのだ。 平家の伝説はどこにでもあると言っても過言では…
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青春18キップ

私が青春18キップを知ったのはいつだったのだろうか。歴史を見ると、「1982年3月1日に「青春18のびのびきっぷ」として発売を開始。1983年春季発売分から現名称に改称した。」とある。 最初に知ったいきさつは良く覚えているが、いつだったかはもう覚えていない。 恐らく発売間もないころだと思う。息子を連れて身延線を乗っていたときのことだ…
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