横山大観はイケメンだった

ブログのさぼり癖が止まらない。
頭を打ってからブログを書く意欲が無くなってもう12日もさぼってしまった。
言い訳がましいが、ブログを書こうと画面に向かうと目がグルグル回って焦点が定まらず物が二重に見える。
だから入力間違いばかりでブログを書く手間が通常の二倍や三倍どころではない。

もうやめた。とあきらめの繰り返し。
いっそブログ辞めようかなー・・・・・

いやいや、ここであきらめたら負けだ。
細々でも続けるぞ!


と今日は横山大観について書いてみたいと思う。

昨日リハビリを兼ねて池之端の横山大観記念館まで散歩した。
そこで知っのが、「習作」という言葉。
この絵は横山大観の『富士山 習作 昭和8年』と説明されている。
fujisan3.jpg
何だろう「習作」って?
そこで絵をよくよく見たらキャンバスのあちこちに薄茶色のシミが見える。

説明員の方にこのシミについて問うと「今から説明するから皆さん客間に集まってください」
客間に車座になって20分ほど説明を聞いた。ところが肝心のシミについてはどうも聞き漏らしたようだ。
終了してうまく立ち上がることができるのかばかり心配sていたからだ。
「このシミの正体は?」説明員にもう一度聞くのもはばかれたので勝手な想像で答えます。
話の節々をつなぎ合わせると、「この絵は習作といって練習のために書いたもの」「大観は練習の絵だから後は燃やしておいて」と弟子に言ったのだが弟子は燃やすのはもったいないと隠し持っていたようだ。
それで大事に大事に保存されずにシミがついた練習用の絵が今に残っているというわけだ。

へーさすが大観、練習用でもこのレベル。
なお大観は下絵も書かず一発勝負で書き上げる人だったという。
でもいかに上手でも練習は欠かさなかったようです。
参考記事:
http://arthiro.net/%E3%80%8C/syuusaku

それと私はこの記念簡に入るなりまだ中年の精悍な大観の写真にびっくりしたことを言っておかなくてはならない。
横山大観.jpg





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