藤岡広之さんの残した拉致関係の年表その2

前のブログの続きです。

1961年.昭和36年=======
5月16日 韓国で軍事クーデター(朴正煕政権誕生)
1963年.昭和38年========
5月11日 石川県で寺越武志と叔父2人が船で漁に出て行方不明になる。翌朝そ
の漁船は無人のままで漂流しているところを発見される。(清津港に着く)
1966年.昭和41年========
10月 金昌満福首相ら「中国派」幹部が失脚(この頃から朝中関係が対立)
1967年.昭和42年========
5月 「甲山派」幹部を粛清
1968年.昭和43年========
1月21日 北朝鮮武装ゲリラ隊31名、ソウル青瓦台襲撃を試み失敗(青瓦台襲撃事
件)
11月4日 武装ゲリラ約120名を韓国東海岸に投入するが、掃討され失敗(この結
果、軍幹部が粛清)
1969年.昭和44年========
 中ソ国境で武力衝突
12月 大韓航空機を北朝鮮工作員が平壌にハイジャク。乗員乗客51名中12名が未
帰還
1970年.昭和45年========
3月31日 朝7時30分羽田発福岡行日航機「よど号」富士山上空でハイジャックさ
れる。13時59分、福岡から飛び立つが韓国、金浦空港へ偽装着陸させられ、長い膠
着状態に入る。2日の午前3時20分北朝鮮受け入れの意思表示。3日乗客ら103人解
放。身代わりの人質として山村新冶郎運輸政務次官がただ一人乗り込む。午後7
時20分、北朝鮮の旧日本軍飛行場跡地へ着陸。よど号ハイジャック赤軍メンバー
、( )内は当時の年齢、妻たちは他の資料からの推定。
リーダー 下記は後の妻たち
田宮高麿 (27) 森順子 (17)
サブリーダー    (よりこ)
小西隆裕 (25) 福井タカ子(25)
岡本武 (24) 福留貴美子(17)
赤木志郎 (22) 金子恵美子(15)
若林盛亮 (23) 黒田佐喜子(16)
安部公博 (22) 魚本民子 (18)
田中義三 (21) 水谷協子 (14)
吉田金太郎(20)
柴田泰弘 (16) 八尾恵 (14)
下記は人質であった方々
機長、石田真二(47) 山本新治郎(36)
4月 中国の周恩来首相訪朝、「朝中共同声明」で日本を「軍国主義」と非難、朝中関
係は修復へ
1971年 昭和46年========
2月26日 奥平剛士(おくだいらつよし/当時26歳/京大)はパレスチナへ旅立った。
その2日後の28日、重信房子(当時25歳/明治大/2月2日、同志の奥平剛士と結婚入
籍したためパスポートは奥平房子となっている)があとを追った。レバノンの
ベイルートに着いた2人は、PFLP(パレスチナ解放人民戦線)の庇護と支援を
得て海外赤軍派をつくった。
1972年.昭和47年========
2月 あさま山荘事件、連合赤軍の同士の粛清と虐殺が明らかになる。
2月 アメリカのニクソン大統領が中国を訪問した。
5月1日 北朝鮮でよど号ハイジャック犯人たち8人(未成年の柴田を除く)日本人
記者団と会見。「チュチェ思想の賛美を語る」。
5月6日 金日成、よど号グループの宿舎で彼らと謁見。
5月30日 テルアビブ空港襲撃事件、赤軍グループ3人のコマンド、2人は自爆、岡
本公三は捕虜となる。彼は岡本武の実の弟。
12月27日 社会主義憲法施行により、金日成が公式に国家の全権を掌握する国家
主席(元首)に就任
1973年.昭和48年========
金正日が朝鮮労働党の対南工作担当部署の三号庁舎を自分の指導下に置こうと
して、大検閲事業を始めた。それ以前になされた対南工作活動を全部点検し、工
作活動、工作員教育の中身はゼロであり、これからは私が直接それを掌握してや
るんだと発言した。
2月 金正日が責任者となって「三大革命小組」発動
6月 辛光洙(シンガンス)石川県穴水町より、日本に潜入、この地区の北朝鮮工作船支
援の容疑で公安の監視対象者の孫が、オウムの林泰男。母親が北朝鮮出身。
6月23日 金日成、朴政権に対し「高麗連邦共和国」を提案。
8月8日 東京で金大中氏拉致事件、金大中氏が日本を出国するまでの数日間、監
禁されていた神戸市の高級マンションの一階上にはグリコの江崎勝久一家が住
んでいた。
9月 党中央委総会で「三大革命」の遂行を決議。このとき金正日を金日成の後継
者として容認
1974年.昭和49年========
6月19日 在日韓国人の民族差別による解雇無効、日立就職差別裁判闘争は勝利
判決―原告側主張ほぼ全面的に認める。日立控訴せず確定判決となる。
8月15日 ソウルで文世光(ムンセガン)事件北朝鮮に抱き込まれた在日韓国人が
朴大統領を狙ったが夫人が射殺された。拳銃は大阪の交番で盗まれたもの。国会
で木村外務大臣は「北朝鮮の脅威はない」と答弁し、日韓関係悪化、韓国の日本大
使館に大がかりなデモ。
9月13日 日本赤軍によるハーグ事件
西川純・奥平純三・和光晴生の3人が、オランダ・ハーグのフランス大使館を占
拠し、フランス当局に拘禁中の日本赤軍メンバーの釈放を要求した。犯人グルー
プは、釈放されたメンバー及びオランダに提供させた現金30万米ドルとともに
飛行機でダマスカスに向かい、シリア当局に投降した。
11月 北朝鮮による、非武装地帯のトンネル事件。
1975年.昭和50年========
4月 サイゴン陥落、ベトナム戦争終了。
8月4日 日本赤軍によるクアラルンプール事件 奥平純三・F・和光晴生ら5人
がマレーシア・クアラルンプールの米国大使館等を占拠し、米国領事らの人質
と交換に、ストックホルム事件により我が国で在監・勾留中の日本赤軍メンバ
ー、西川純・戸平和夫等の釈放を要求した。犯人グループは、同人らのほか、「共
産同赤軍派」の松田久、「連合赤軍」の坂東國男、「東アジア反日武装戦線」の佐々
木規夫の五人を釈放させ、日航機でマレイシアに移送させた後、同機でトリポリ
空港に向かい、リビア当局に投降した。
10月19日 福井タカ子(29)よど号事件以前より小西隆裕とは恋人関係、日本出
国後、ギリシャ、イタリア、ベオグラード、モスクワ、を経て、11月頃よど号グルー
プの宿舎へ入る。
1970年台後半  ========
北朝鮮による日本人拉致が始まる
1976年.昭和51年========
6月13日 黒田佐喜子が日本から出国する。彼女はチュチェ研の幹部活動家。
7月中旬 福留貴美子(よど号犯岡本武の妻)が羽田から出国した。「モンゴル一
人旅をしたい」と友人に語っていた。
8月 福留家に国内から暑中見舞い届くが、住所等記載無し。
8月 板門店ポプラ事件起きる。米軍兵士二人が北朝鮮の兵士に殺される。その後
北朝鮮軍の戦力の集中が確認される。事件の三日後ぐらいに、米軍のB-52爆
撃機一機が北朝鮮に向かって強力な電波妨害を開始、北朝鮮の迎撃戦闘機も防
空レーダーも機能がマヒした。B-52は数分後、反転し帰還。事件後7日目、金日
成が米軍に対して「遺憾の意」を表明してきた。
10月7日 魚本民子が羽田よりメキシコへ出国し、北欧、モスクワ、を経てピョン
ヤンへ入る。彼女は新左翼党派の活動家である。
10月15日~22日 デンマーク、ノルウェー、フィンランド、スウェーデン、の各国
は免税品転売、麻薬密売にかかわった、北朝鮮外交官の国外退去処分を決定する
。この事件以来、ヨーロッパ各国の北朝鮮大使館員と工作エージェントは各国当
局と情報機関の厳しい監視下に置かれた。11月11日 訪朝中の小田実が8人の「よ
ど号」メンバーに会う。帰国後、20日に朝鮮総聯(そうれん)本部で記者会見、その
後毎日新聞のインタビューを受け、欠席していたのは田宮、面会場所が薄暗くて
写真撮影は無理だった。吉田金太郎の写真、記事は無かった。
1977年.昭和52年========
1月25日 金子恵美子が羽田より出国する。彼女はチュチェ研の幹部。
2月24日 八尾恵(よど号犯柴田泰弘の妻)が伊丹から香港へ出国する。彼女はチ
ュチェ研の会に参加した事があっただけだった。
3月29日 水谷協子が羽田から香港へ出国する。彼女は朝鮮文化研究会のメンバ
ー。
3月30日 森順子が羽田から香港へ出国する。彼女の父親は在日朝鮮人。
5月初めまでによど号メンバー全員結婚、この結婚の仲人役は金正日である。
7月 フランス在住ピアニスト、白建宇一家拉致未遂
8月 韓国全羅南道紅島から高校生、李_校(イーメンギョ)崔承民(チェスンミン)
失踪
*1997年11月に逮捕された夫婦スパイ事件の崔工作員の供述で平壌市龍城区域
の「以南化環境館」で韓国事情や言葉使いの教官をしていることがわかった。(
97年12月10日産経新聞)
9月28日 日本赤軍によるダッカ事件
D・西川純・坂東國男・佐々木規夫ら五人が、インドのボンベイ上空で日航機
をハイジャックし、バングラデシュのダッカ空港に着陸させ、乗員乗客151人の
人質と交換に、我が国で在監、勾留中の日本赤軍メンバー等の釈放を要求した。
犯人グループは、奥平純三・城崎勉・大道寺あや子・浴田由紀子・E・仁平映
の六人と現金600万米ドルをダッカに移送させた後、アルジェリアに逃亡し、同
国当局に投降した。
9月19日 石川県で久米裕さん拉致される。(久米裕失踪事件=「宇出津事件」)
11月15日 新潟県で横田めぐみさん拉致される (横田めぐみ失踪事件) 。父親が
日銀の行員であり、営利誘拐の可能性から、新潟県警始まって以来のヘリコプタ
ーを使う大捜査になったが、全く手掛かりは無かった。
1978年.昭和53年========
1月 韓国人女優、崔銀姫(チェウニ)、香港で拉致
6月 田中実(29)、成田からウィーンに向かって消息を絶つ(神戸東灘区のラーメ
ン屋店員で、店主の韓某に誘われる)。
6月 東京都で田口八重子(のちの金賢姫教育係、李恩恵)失踪
7月7日福井県小浜市で地村保志さん(23)と浜本富貴恵さん(23)がアベックで拉
致される。彼らは一週間前に結納を済ませ、11月には結婚する予定で、式場の予
約まで入れていた。近くの山の上にある小浜公園から、保志の運転していた軽四
輪トラックが見つかった。トラックは、展望台に駐車したままになっていた。7月
31日新潟県柏崎市で蓮池薫さん(20)と奥土祐木子さん(22)がアベックで拉致さ
れる。中央大学法学部三年の蓮池薫は、夏休みで帰省中だった。夕方、「夕食は家
で食べる」と祖母に言い残し、Tシャツと半ズボンに草履をつっかけて自転車で
家を出ている。一方、カネボウの美容指導員奥土祐木子は、勤めていた薬局の奥
さんに笑顔を見せて、「蓮池さんと六時に図書館で会って、お茶を飲んで八時ま
でに帰ります」と外出した。
7月 韓国の監督、申相玉(シンサンオク)、香港で拉致
7月 ベイルートの「YWCA秘書学院」に、「日立の」秘書を募集するために、二人
の日本人を名乗る男性がやってきた。
7月 栗栖統幕議長が奇襲対処において超法規発言をした。金丸信防衛庁長官は
、同議長を解任した。当時の内閣は福田内閣だった。
8月 北朝鮮によるレバノン女性4人拉致事件。
8月12日 鹿児島県吹上浜で市川修一さん(23)と増元るみ子さん(24)がアベック
で拉致される。電電公社勤務の修一は恋人のるみ子を車に乗せてでかけ、そのま
ま二人とも帰ってこなかった。車内にあったカメラのフィルムには、その日のデ
ート中にお互いを撮り合った、楽しそうな二人の写真がおさめられている。他に
残されたものは、近くの砂浜にころがっていた修一のサンダルだけである。
8月15日 富山県でアベック拉致未遂事件。
8月 韓国西海岸(群山沖)から高校生、金英男(キムヨンナム)、韓国木浦沖から高
校生、李明雨(イーションウ)と洪建杓(ホンコンピョ)が失踪する。
11月27日 八尾恵が長女黎(れい)を出産。
●この年北朝鮮の金正日が指示し、韓国の女優崔銀姫(チェウニ)さんと監督の申相
玉(シンサンオク)さんが、香港にて拉致された。
4月 レバノンで女性二人がユーゴスラビアから「日本で元気に暮らしているか
ら心配しないでほしい」とレバノンの家族に電話する。

1979年.昭和54年========
6月 レバノン地元紙日本の有名企業(日立)が秘書に募集した四人の女性が旅立
った後、消息が途絶えた」と報道。
8月 東ベルリンより福留貴美子の手紙が実家に届く。なぜか4月に結婚した従兄
の事が書かれていた。
8月 レバノン女性二人、ユーゴスラビアのホテルメトロポールにチェックイン
後、監視の隙を突いてクエート大使館に逃げ込み、拉致事件はレバノン政府の知
るところとなった。(後に大韓航空機爆破の爆弾の受渡しを行ったのがこのホテ
ル)
11月 レバノン政府の強い抗議のすえ、北朝鮮は残る二人をレバノンに返してい
る。
レバノン女性の一人シハームは妊娠四ヶ月だった。彼女は北朝鮮に住むアメリ
カ人から、「『この状態』を解決するため結婚しよう」と言われ、結婚したという
。実は拉致被害者たちのうち、彼女は唯一のイスラム教徒だったが、シハームは
北朝鮮に帰ってしまった。
(その後レバノンは1981年2月に北朝鮮と国交樹立)
この年、京都の吉田の実家に小西隆裕の母から一本の電話がかかった。小西の実
家では、このとき小西隆裕本人からの手紙を受け取っている。ピョンヤンからの
ものだった。しかし、吉田の実家に金太郎からの手紙はなかった。吉田金太郎の
実家ではその後もピョンヤンにいる彼に対して、何度か手紙を書いている。翌
1980年の訪朝団にも家族から「よど号」グループの吉田金太郎宛ての手紙が託さ
れた。しかし返信はなかった。
@この年から「よど号」グループがヨーロッパに本格的に展開しはじめる。
1980年.昭和55年========
1月7日 産経新聞一面トップ記事「アベック三組ナゾの蒸発昭和53年夏福井、新
潟、鹿児島、富山の未遂、外国を発信源とするスパイ連絡用の怪電波が急激に増
えたという事実が警察によって確認されている。」と報道。
1月20日 魚本民子(よど号犯の妻)日本へ一時帰国。
3月 福留貴美子、東京、横浜の友人を回る。6月には出国した事になっている。
5月 韓国光州反政府暴動。
5月 スペインで北海道出身のIさん、熊本出身のMさんが消息途絶える。
6月 デンマークで韓国人教授らに対する拉致未遂事件
6月 宮崎で原敕晁さんが辛光洙(シンガンス)らにより拉致される、辛は原さんに成
り済ます。原敕晁失踪事件(宮崎青島海岸)
6月 パリにて田中義三との接線に失敗した水谷協子自殺未遂。
6月3日 八尾恵が次女燦(あき)を出産。
8月 水谷協子日本に帰国、9月に出国、コペンハーグ迂回後、ピョンヤン入り。
10月 ピョンヤンにて、日本社会党訪朝団に岡本武が突然訪ねる。
1981年 昭和56年========
1月28日 朝鮮民主党が朝鮮社会民主党と改称。
6月 森順子、黒田佐喜子(よど号犯の妻)日本入国
7月 北朝鮮で金賢姫(キムヒョンヒ)は李恩恵(リウネ)と一対一の同居生活を送
った。83年3月まで続き、金賢姫はカップラーメンを初めて見た。
10月11日 金日成、PLО議長アラファト訪朝に際し朝鮮英雄称号授与。
1982年.昭和57年========
1月 岡本武(よど号犯)からの年賀状(これが最後になる)
2月 警察庁の資料によると、八尾恵が海外旅行中の1982年2月、デンマークのコ
ペンハーゲンで、当時ユーゴスラビアのザグレブにあった北朝鮮領事館副領事
のキム・ユーチョルと接触していた「事実」や、不審な複数の日本人女性との接
触、東欧、東ベルリンなどへの出入国記録などが含まれていた。逮捕令状はアパ
ートの名義に偽名がもちいられていることで「有印私文書偽造同行使」の容疑が
あてられた。1988年5月25日の早朝、「佐藤恵子」すなわち八尾恵は、神奈川県警外
事課に逮捕された。
3月 デンマークにて、情報機関によって岡本武、森順子、撮影される。(このころ
魚本、森、黒田、金子、福井、日本入国を繰り返していく。)
4月 有本恵子は神戸市立外国語大学英米科二部を卒業すると一年半の予定でロ
ンドンへ語学留学をした。ホームステイ先で二人の子供のオーペア(子守)をし
ながら、午後はインターナショナル・ハウスで英語を学んでいた。
4月15日 金日成誕生70周年の祝賀行事で辛光洙(シンガンス)はトップクラスの勲章
である「国旗勲章一級」を授与されている。
■このころ、横田めぐみちゃんが帰ってきたが精神的な均衡を崩しており、ある
病院に入院している。という噂が新潟で流れる。
1983年.昭和58年========
6月 金正日が中国を非公式訪問(中国共産党幹部を前に演説。このときの発言に
ついて帰国後、金日成から叱責される)
7月16日 コペンハーゲンで有本恵子が失踪、コペンハーゲン空港で北朝鮮工
作員キムコーチョルと有本恵子さんが撮影される。二人はその後モスクワヘ飛
び立つ。
8月 『官報』(昭和63年8月6日付け)に掲載された外務大臣宇野宗佑(当時)名の
告示、金子恵美子、福井タカ子、森順子、水谷協子、魚本民子、の五人の名前をあげ
、「北朝鮮工作員と認められる人物と接触する等の海外における行動にかんがみ
・・・・著しく且つ直接に日本国の利益又は公安を害する行動を行う虞がある
と認めるに足りる相当の理由がある者」として旅券返納命令が出された。
10月9日 アウンサン廟爆破事件(ラングーン事件)、韓国閣僚ら21人爆殺、全斗煥
大統領は難を逃れる。(11月ビルマ、北朝鮮と断交)
10月 有本恵子さん本人の筆跡で、デンマークの季節感が不自然な内容の郵便が
神戸の実家に届く、それより音信が途絶える。
11月 第18富士山丸に潜入した北朝鮮の兵士が日本に上陸し、亡命を求める。
11月 北朝鮮が第18富士山丸の船員をスパイ容疑で抑留。
1984年 昭和59年========
5月8日 金日成、PLО議長アラファトと咸興で会談。
1985年.昭和60年========
3月1日「西新井事件」=北朝鮮のスパイ朴某を指名手配。80年6月には小住健蔵名
義のパスポートを使用していた。小住健蔵は1961年から行方不明になっている。
朴が東京都内のアパートを契約したときの保証人は,宮本明という在日韓国人
であった。宮本は蜂谷真一という男性に接近し、外国旅行に誘ってパスポートを
取らせている。蜂谷名義のパスポートはその後、あの大韓航空機爆破事件で登場
することになる。事件直後にバーレーンで服毒自殺した、北朝鮮工作員、金勝一
が使ったパスポートが蜂谷真一名義であり、その娘、蜂谷真由美と名乗って一緒
に行動したのが金賢姫だった。
3月 よど号ハイジャックグループ柴田泰弘がIさん名義のパスポートを取得。
4月 辛光洙(シンガンス)、韓国で逮捕
6月28日 韓国安企部は北朝鮮の工作員辛光洙(シンガンス)ら四人の逮捕を発表。(原
敕晁さん拉致事件明るみになる。)
8月 京都市祇園の吉田金太郎の実家では、ピョンヤンからの金太郎の異変を知
らせる一通の手紙を受け取っていた。差出人は田宮高麿だった。9月中旬になっ
て、田宮高麿から死亡の知らせの手紙が届く。
8月21日 北朝鮮で朴春仙(パクチュンソン)さんの、兄朴安複(パクアンボク)さんは銃殺刑
に処せられた。(朴春仙さんは辛光洙(シンガンス)と日本で同居していた)
12月 西独留学中の呉吉男(オキルナム)一家4人が北朝鮮へ(対南工作用のラジオのア
ナウンサーをさせられ、86年11月に吉男がコペンハーゲンで脱出)
1986年.昭和61年========
この年、北朝鮮が核開発を本格的に始動。この頃から、中国国境に近い北朝鮮の
北部辺境地域で餓死が始まる。
3月 北朝鮮に拉致された、韓国の女優崔銀姫
(チェウニ)さんと監督申相玉(シンサンオク)さんがウィーンで脱出。
5月14日 日本赤軍によるジャカルタ事件
インドネシア・ジャカルタにおいて、日本、米国両大使館に爆発物が打ち込まれ
、また、カナダ大使館前で車が爆破されるという同時テロ事件が発生した。この
事件では、「反帝国主義国際旅団」名の犯行声明が出されているが、日米捜査当局
は、城崎勉を犯人の一人と断定し、国際手配した。
1987年.昭和62年========
寺越武志と叔父の外雄から「北朝鮮にいる」と手紙。友枝さんが北朝鮮へ
1月22日 寺越外雄から姉の栗原豊子宛に北朝鮮で生きていることを知らせる手
紙が届いた。「突然、北朝鮮で生活することになった。こちらで家族も持ち、幸福
に暮らしている」昭二はすでになくなり、武志と外雄は結婚して子供もでき、平
壌北方の亀城(クソン)市に住んでいた。地元選出で日本社会党の島崎譲代議士(
当時)が北朝鮮とのパイプ役となり、その年九月三日に武志の両親は平壌を訪問
、親子は二十四年ぶりの再会を果たした。
6月9日 日本赤軍によるローマ事件。ベネチア・サミット開催中の6月9日、イタ
リアのローマにおいて、米国、英国両大使館に向け爆発物が発射されるなどのテ
ロ事件が発生した。この事件では、「反帝国主義国際旅団」名の犯行声明が出され
ているが、イタリア当局は、奥平純三らを犯人と断定し、国際手配した。
11月 ビルマ沖で大韓航空機爆破事件、金賢姫自殺未遂後逮捕。(日本語教育係の
李恩恵が子供を日本に残している事等自供。)
1988年.昭和63年========
1月22日 神奈川県警外事課のデスクに一本の密告電話があった。(八尾恵につ
いて)
2月 参議員秘書兵本達吉氏新潟、福井、鹿児島と失踪カップルの調査をする。3月
26日 橋本参議員(共)連続アベック失踪、李恩恵レバノンまで拉致疑惑を全面的
に取り上げる。梶山静六国家公安委員長(当時)「北朝鮮の疑いが濃厚」と答弁。
4月14日 日本赤軍によるナポリ事件
イタリア・ナポリにおいて、米軍クラブ前に駐車中の車が爆破され、米軍人1人
を含む5人が死亡するテロ事件が発生した。この事件では、「聖戦旅団機構」名の
犯行声明が出されているが、イタリア当局は奥平純三及び奥平(重信)房子を犯
人と断定し、国際手配した。また、米国当局も、この事件に関し、奥平純三を国際
手配した。
5月6日 柴田康弘(よど号犯)日本国内に潜入中逮捕。
5月25日八尾恵は、神奈川県警に逮捕された。
9月 Iさんの手紙がポーランドから札幌の実家に届く、今は北朝鮮にいる事、M
さんの存在、有本恵子さんの住所が書かれていた、何故か赤ん坊の写真も同封さ
れていた。
9月~10月 ソウルオリンピック成功。
10月10日 北朝鮮、朝鮮労働党創立記念日に金正日軍事大学で安明進(アンミンジョン)
は、横田めぐみさんを見るその後1991年まで数回遇う。
1989年.昭和64年.平成元年===
7月 第十三回世界青年学生祝典(平壌)。
11月 ベルリンの壁撤去。
1990年.平成2年========  
1月 訪朝中の高沢浩司に対しよど号グループは、岡本武は朝鮮人と結婚したと
うそを吐く。
5月10日 PLО議長アラファト、訪朝。
5月 大韓機を爆破した金賢姫に日本語などを教えた「李恩恵」こと田口八重子さ
んの日本からの拉致に関係ある総聯の大物商工人「安商宅」を警察が家宅捜査し
ようとしたら前日、捜査打ち切りとなる。圧力をかけたのは金丸信だ。
9月 金丸信、田辺誠訪朝、金日成と三者会談。
1991年.平成3年========
この年、ソ連崩壊、日本経済バブル崩壊
1月 「80年代、欧州で男女三人行方不明、北朝鮮.平壌で生活と家族に手紙届く」
この事件が新聞.週刊誌に掲載された。
1月15日 有本さん達に、( 外務省への請願と記者会見は16日)、前夜遅くNHK(
山本記者)より電話。『会って欲しい』と言う人がいるとのこと。翌朝早く神戸
より田村記者、東京より崎元記者(NHK)、遠藤氏。それに二家族を交え外務省近く
で会合。遠藤氏(R書房社長)は「私たちは金丸氏の訪朝のため、1年有半いろいろ
と努力をしてきました。今ここでこのような(拉致問題)警察よりこんな話が出
て来ては何もかもぶっこわしになってしまう。記者会見では住所姓名を言わな
いようにしていただきたい。そのかわり私達には『金日成』に通じるルートが
あります。1~2ヶ月待って下されば必ずよい返事を持って来ます。」と言う。金
丸氏の外交手腕を知っている有本さんはそれを信じ、一旦同意。記者会見は遠藤
氏の意にそった結果で終了。記者の中から、「圧力がかかっているのではないか。
」との声あり。・・・・じつはこれがズボシだった。数ヶ月が経過、遠藤氏の約束
は反故になる。
1月17日 多国籍軍がイラクへ空爆。
3月11~12日 日本との国交正常化交渉はじまる(東京)
5月 警視庁は「李恩恵について日本人と断定し拉致の可能性がある」と発表。同
庁では、捜査員をソウルに派遣し、金賢姫にT.Yを含む十五人の写真を見せた。七
枚目に出された写真に賢姫は迷うことなく「間違いなく李恩恵先生です」とはっ
きり答えた。金賢姫がすでに供述していた「李恩恵」の本籍、出生地、誕生日、家族
関係、身体特徴、血液型、性格、仕草.癖、趣味、言葉遣い、趣味嗜好、母親の出身地
が新潟県の佐渡島であることなど六十を超える項目についてT.Yのものと一致
した。たとえば、『仕草.癖』の項目で、人を送るとき、「大きく手を振る」『言葉
遣い』では、「やっぱし」「ばかみたい」を多用する。『職業』では「学生時代、食堂
でアルバイトした」などといった具合である。
5月15日 埼玉県警の佐藤正夫警備部長は、記者会見をして、匿名での報道を条件
に李恩恵は日本人女性T.Yと判明したとその実名を発表した。さらに、「李恩恵が
船で日本から引っ張られたと金賢姫に言っていることから、拉致の可能性も含
め、刑事事件として捜査を行う」と述べた。

9月 韓国.北朝鮮、同時に国連加盟。
12月 ソビエト連邦消滅。
1992年.平成4年========
1月 北朝鮮、核査察協定に調印する。
4月 よど号グループより柴田の妻で有る事を公表する事と八尾恵に手紙が届く

4月 よど号ハイジャックグループに妻子がいると金日成が朝日新聞記者団に語
る。
4月12日 北朝鮮の金日成主席生誕八〇周年の慶祝行事に参加する自民党訪朝団
の団長に指名されていた山村新冶郎衆議院議員は早めに床につくが次女に刺殺
される。今回の訪朝で「よど号」事件のリーダーだった田宮高麿と会う予定があ
ることを記者に明かしていた。面会が実現すれば、あの事件から22年ぶりの再会
になるはずだった。山村代議士が「よど号」事件のあと「男・山村新冶郎」として
ピョンヤンから帰還したとき、羽田空港のタラップの下で彼を迎えた幼い娘が
この次女だった。心神喪失で不起訴(4年後自殺。)
4月25日 軍創設記念日であるこの日、金正日が「英雄的朝鮮人民軍将兵諸君に栄
光あれ」と演説(金正日の肉声がメディアに流れたのはこれが初)
1993年.平成5年========
2月 金丸信、起訴される。
3月 金正日の長男金正男、ナイトクラブで女性をめぐるトラブルで拳銃を発射
する騒ぎを起こす。
3月北朝鮮、核不拡散条約を脱退。
5月 ノドン1号発射(能登半島沖に着水)
5月 神戸市の有本家に、兵庫県警外事課の刑事が一枚の写真を持って現れた。
この写真は北朝鮮の工作員キム・ユーチョルと有本恵子が一緒に写っていた。
6月 金丸信宅から出てきた金の延べ棒は北朝鮮からのバックマージンとの話。
尚、その金塊は無刻印だった。
9月 安明進、北朝鮮から韓国へ亡命。
11月頃 高沢氏はピョンヤンの郊外で「よど号」の「妻」たち全員に」インタビュー
をすることになった。このとき、インタビューに応じてくれたのは、行方不明の
二人を除く「妻」たちの全員、それに合流組の赤木美智子の七人だった。岡本武に
ついては何人かの女性たちが口にした。否定的であれ、取り繕った言い方であれ
、岡本は彼女たちの中に「存在」していた。しかし、吉田金太郎の名前は彼女たち
の誰からも出なかった。
1994年.平成6年========
2月~6月 北朝鮮、核査察受入れ後これを停止し、国際原子力機関、対北朝鮮制裁
決議
6月 北朝鮮の核査察拒否で高まった緊張の中、米国カーター元大統領が平壌を
訪問、金日成と会談、核開発凍結で合意
7月 柴田泰弘(よど号犯)刑務所から出所。
7月6日 金日成が、国内5地域に経済特区を設け、韓国資本を導入、経済再生を図
る政策大転換を提唱(いわゆる「七六演説」
7月8日 金日成死去
10月 ジュネーブで「米朝合意」が成立
11月 福留貴美子の高知の実家に4千万円用意すれば帰国させると大阪弁なまり
の電話が一回だけかかる。
11月4日 同日付「労働新聞」の金正日著名論文「社会主義は科学である」が「七六
演説」を完全否定
1995年.平成7年========
3月 渡部美智雄を団長とする与党訪朝団が平壌訪問
3月22日 捜査当局がオウム教団施設を捜索した際、麻原個人の金庫から、約七億
円の現金とともに十キロの金塊(時価約一千万円)が発見された。この金塊には
刻印がなく、再鑑定の結果、93年の脱税事件で金丸事務所から発見された無刻印
の金塊とほぼ同一の規格、品質であり、同じ高炉で精錬されたものと分かった。
4月23日 オウム真理教村井刺殺事件で、村井を刺殺した徐が犯行直前まで住ん
でいた家の所有者である女性の姉とかつて同居していた相手は、実は北朝鮮の
大物スパイ、辛光洙(シンガンス)であった。
8月 北朝鮮で大水害発生
10月 日本から50万トンの米を北朝鮮に送る。
11月 石高健次氏、安明進から市川修一さんの目撃証言を引き出す。石高健次が
出した十四枚の写真の中から、市川修一のものを指さして「この男性は平壌で何
回も見ました。間違いありません」とはっきり語ったのである。
11月29日、田宮高麿が「元赤軍派議長」塩見孝也を平壌駅まで見送る。
11月30日 「よど号」犯人グループのリーダーであった田宮高麿が死亡した。
その後は、小西隆裕がリーダーとして組織の運営に当たる。
1996年.平成8年========
3月 よど号ハイジャック犯田中義三、カンボジアで逮捕、偽ドル疑惑として報道
される。
3月 週刊文春によるとよど号の妻が日本人留学生を平壌に連行した記事が掲載
される。そして、魚本民子がヨーロッパに日本人男性を誘い行方不明になって
いる事も書かれていた。
8月7日 岡本武の「妻」が失踪していた日本人女性であり、福留貴美子さんである
というニュースは、『朝日新聞』の朝刊で報じられた。8月9日 各紙の紙面に「岡
本夫妻、北朝鮮で死亡か?」というものだった。記事はこんな内容だった。《元赤
軍派メンバーで消息が途絶えていた岡本武容疑者と同容疑者の日本人の妻が約
八年前の1988年ごろ、同国内の作業場で死亡していた可能性が強いことが九日、
関係者の話で分かった。
9月18日 韓国東岸の沖合で北朝鮮の潜水艦が座礁、上陸した武装ゲリラと韓国
軍が交戦
10月1日 高世仁氏、安明進に初取材「よど号ハイジャックグループ田中義三を金
正日政治軍事大学で見た」と語る。
10月 現代コリア10月号(石高リポート)70年代後半13歳の少女が日本から拉致され
たと、94年に北朝鮮から韓国に亡命した工作員より情報がもたらされた「バトミント
ン部の帰りだった、そして朝鮮語を覚えたら母のもとへ帰すといわれたが、18歳
の頃それが叶わぬと知ると精神的な均衡を崩し一時入院した事等」。
12月7日 金正日が金日成総合大学で秘密演説を行い、食糧不足について言及
12月14日 現代コリア所長佐藤勝巳氏、新潟で講演(石高リポート)を語る、出席して
いた警官「それは横田めぐみさんの事だ」と指摘。
12月末 横田めぐみさんの拉致疑惑が、現代コリアのホームページに掲載される

1997年.平成9年========
1月 新潟で北朝鮮に拉致された日本人を救出する会発足。(最初に結成された、
救う会)
1月 兵本達吉氏の説得に3組の失踪カップルの家族、名乗りを上げる事を同意。
2月には横田家も実名公表を決める。
1月23日 石高氏横田宅で拉致疑惑を説明。国会では西村真悟衆議員(進.当時)こ
の事件について「北朝鮮工作組織による日本人誘拐.拉致に関する質問主意書」
を提出。
2月3日 産経新聞.アエラ.横田めぐみさん実名で拉致疑惑の記事が掲載される。
2月4日 ソウルで偽ドル疑惑を安明進に取材中の高世仁氏、空港で前日買った雑
誌等に掲載される横田めぐみさんの写真を見せ、目撃証言を引き出す。
2月12日 黄長_亡命事件発生(4月20日韓国に入る)
2月15日 82年に北朝鮮から韓国へ亡命した、李一男(金正日の前妻の甥)ソウル
郊外で銃撃される。(彼は金正日の暴露本を出した)
2月中旬 レバノンで一斉逮捕。レバノン国内に身分を偽って潜伏していた日本
赤軍メンバー5人(和光晴生、足立正生、山本萬里子、戸平和夫、岡本公三)が発見
され、レバノン当局により身柄を拘束された。その後、5人は旅券偽造、不法入国
等の罪で起訴されている。
3月 ソウルで横田夫妻、安明進と面会。
3月25日 「北朝鮮による拉致」被害者家族連絡会発足。翌26日には、国会内で記者
会見。
5月 日本政府、「北朝鮮による拉致疑惑」は横田めぐみさんを含む(7件10人)と公
式に認める
5月 大阪朝銀信用組合倒産
8月 北京での日朝局長級会談で日本側は拉致問題を「行方不明者ならどうか」と
提案し、会談の決裂を回避した。
10月 党中央委総会未開催のまま金正日が朝鮮労働党総書記に就任。
9月 寺越友枝の自宅に地元金沢のテレビ局スタッフが「武志さんがテレビの
画面に出てくるから、すぐに局にきてほしい」と車で迎えにきた。放送の直前、彼
女は「あまりきついことは言わないように」と局側から釘を刺される。テレビ局
が武志のインタビューを放送した九月五日というのは、日本人妻里帰りについ
ての日朝の赤十字連絡協議会が始まる前日だった。
11月 北朝鮮から日本人妻一時帰国。
12月 安明進氏、実名と素顔でマスコミに登場。
1998年.平成10年========
2月 安明進氏、手記に横田めぐみさんにえくぼの特徴と書く、その特徴を知らな
い高世仁氏は横田家にえくぼの特徴を確認する。
3月ごろ 北朝鮮全国的に配給停止。
4月2日 拉致問題でニューヨークタイムズの全面広告で意見広告を出す。
6月5日 北朝鮮赤十字は「日本が捜している10人は一人も捜し出せなかった」と
発表。
7月~8月 安明進氏、日本各地で講演する。
8月末 北朝鮮テポドン発射。
9月 八尾は、平壌の「よど号」グループのリーダー小西を相手取り、子ども二人を
引き渡すよう求める訴えを起こした。この訴えは、 弁護士3人が手を引くほど
の過激派の嫌がらせなどがあり99年1月に取り下げられた。
10月 国際的NGO「国境なき医師団」が「支援物資が住民に届かない」と抗議し、北
朝鮮から撤退
1999年.平成11年========
2月22日 国会で北朝鮮のミサイルに日本製の部品が使われている事を政府否定
せず。
3月 小渕首相、拉致被害者家族と会う。
3月23日 日本の領海内に北朝鮮の「工作船」が侵入、工作船へ自衛隊威嚇射撃。
5月2日 日比谷公会堂で「北朝鮮により拉致された日本人の救出を国政の最重要
課題にするための国民大集会」に1900人集まる。
6月15日 黄海で北朝鮮と韓国の艦船間で銃砲撃
9月 「横田めぐみさん等被拉致日本人を救出する京都会」発足、名誉会長に今村
要道氏。(堀川同窓会会長)
11月20日 京都商工会議所で横田早紀江さん横田めぐみさんの母、堀川高校第6
期生)等を招き京都集会開催、140人集まる。
12月 村山元首相が団長の超党派議員団訪朝。
12月31日 韓国 辛光洙(シンガンス)、恩赦で釈放される。(日本人を拉致して捕まっ
た唯一の工作員。)
2000年.平成12年========
よど号犯グループと家族 平成12年度
田宮高麿
(死亡)
├長女、
長男、二男
森順子(48)
小西隆裕(55)
├長女、二女
福井タカ子(54)
安部公博(52)
├長女、長男、二男
魚本民子(47)
赤木志郎(52)
├長女
金子恵美子(44)
タイで逮捕
田中義三(51)
├長女、二女、三女
水谷協子(43)
若林盛亮(53)
├長男、二男
黒田佐喜子(45)
岡本武
(死亡?)
├長女、二女
福留貴美子
(死亡?)
日本で逮捕
柴田泰弘(46)
├長女、二女
日本で逮捕
八尾恵(44)
後に合流したメンバー
├長女、二女
妻(46)
1月 「北朝鮮により拉致された日本人を救出するための地方議員の会」結成。
3月 米10万トン(38億4千万円分)を北朝鮮に送る事が決定される。それに対して
家族会.各地救う会が外務省.自民党本部に対して座り込み抗議を行う。
4月30日 日比谷公会堂で「横田めぐみさんたちを救出するぞ!国民大集会・」に
2000人集まる。
7月9日 初めての救う会のデモ行進(大阪御堂筋市民デモ)。
8月1日 「拉致問題に取り組む民社人権会議」結成。
9月2日【ソウル2日澤田克己】韓国金大中政権により、韓国でスパイ罪などに問
われ、政治的転向を拒んできた「非転向長期囚」63人が2日午前10時(日本時間同)
、板門店を通って朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)に送還された。送還対象者
には、日本人男性を拉致し、その男性になりすまして工作活動をしていた辛光洙
(シングワンス)・元服役囚(71)が含まれている。
9月12日 森首相、被害者家族達に「棚上げ調印しない」と言明。
9月15日 国連は国際社会に対し約20万トンの食料支援を要請した。日本政府
は50万トンの米支援を行う。
10月 森喜朗首相が英国のブレア首相に「第三国発見方式」提案を漏らした問題
発覚。
11月8日 日本赤軍の最高幹部で、数々の国際テロに関与したとされる重信房子
容疑者(55)が、大阪府高槻市内に潜伏していたことがわかり、大阪府警警備部は
8日、1974年のオランダの仏大使館占拠事件(ハーグ事件)の逮捕監禁容疑で逮捕
した。11月10日には 重信容疑者が所持していた偽造旅券2通のうち1通は、よど
号グループ関係者が使用していた偽造旅券と酷似していた。ダッカ事件の西川
純被告(50)=公判中=や坂東国男容疑者(53)=国際手配中=らが偽名を使って
使用していた旅券と、北朝鮮に極秘入国していたよど号グループの妻らの旅券
は発行年月日が同じで、番号も下1~3ケタが違うだけだった。公安当局は両グ
ループが同じ偽造団から旅券を入手したとみている事を公表。
2001年 平成13年========
2月25日 北朝鮮拉致事件の被害者家族達がブッシュ政権の政策担当者や人権団
体、そして国連本部などに拉致問題について訴えるためにアメリカへ出発。
4月25日 横田早紀江さんの「母が子を思う気持ち」を表した歌『めぐみ』がCDリ
リースされる。
4月 スイス・ジュネーブで拉致問題について、国連人権委員会の強制的失踪に
関する小委員会はこれを取り上げ関係国(北朝鮮及び日本)政府に対して質し
ていくことを決定した。
5月 金正男の不法入国事件が起こる。北京へ送還。

5月15日 小西隆裕の長女の立子(当時23歳)、田中義三の長女の東美(あずみ/当
時22歳)、故田宮高麿元リーダーの長女の田宮(森)朝香(当時22歳)の3人が「帰国
」した。
8月 エイジプログレッション(経年人相画)のCGで制作された36歳になっている
横田めぐみさんが新聞、雑誌等に掲載される。   
後日あるルートであれは似ていないと伝わる。本人は....。
9月10日 警察庁に拉致疑惑の取り調べ要請=「よど号」妻帰国で被害家族。日航
機「よど号」事件の元赤軍派メンバーと結婚した赤木恵美子容疑者(46)=旅券法
違反容疑などで国際手配=が帰国することを受け、朝鮮民主主義人民共和国(北
朝鮮)に拉致された疑いがある日本人の家族ら10人が10日午前、東京.霞ヶ関の
警察庁を訪れ、拉致疑惑について赤木容疑者から徹底した事情聴取を行うよう
要請した。
9月18日 赤木恵美子「よど号」妻帰国


[出展及び参考資料]
金日成は四人いた(成甲書房)李命英
北朝鮮五十年史(朝日新聞社)金学俊[李英訳]
北朝鮮に消えた友と私の物語(文藝春秋)
萩原遼
娘を返せ 息子を返せ 北朝鮮拉致事件の真相(旬報社)高世仁
金正日の拉致指令(朝日新聞社)石高健次
それでもシラを切るのか北朝鮮(光文社)
石高健次
いま女として・上・下・(文藝春秋)金賢姫
宿命―「よど号」亡命者たちの秘密工作
(新潮社)高沢皓司
闇に挑む!(徳間書店)西岡力
めぐみ、お母さんがきっと助けてあげる
(草思社)横田早紀江
北朝鮮拉致工作員(徳間書店)安明進
オウム帝国の正体(新潮社)一橋文哉
闇に消えた怪人 グリコ・森永事件の真相
(新潮社)一橋文哉
北朝鮮裏切られた楽土(講談社)張明秀
北朝鮮の「今」がわかる本(三笠書房)
佐藤勝巳
救う会(大阪)のパンフレット
民社人権会議の声明
週刊文春(文藝春秋)
警察白書
産経新聞
北朝鮮の最高機密(文藝春秋)
康明道
毎日新聞
共同通信
★★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★
発行:北朝鮮に拉致された日本人を救出するための全国協議会
TEL 03-3946-5780/FAX 03-3944-5692 narkn@hotmail.com http://www.asahi-net.or.jp/~lj7k-ark
〒112-0015 東京都文京区目白台3-25-13
担当:事務局長 荒木和博

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