勿来海水浴場

勿来海水浴場は私の人生の主要な部分を占めている。
まず私は勿来で生まれ幼少の頃この海水浴場に浸かっているのである。
証拠写真をお見せしよう。
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私の両親から「これがお前だ。勿来の海で撮った」と伝わった写真である。

それから2~3歳のころ会津に引越しして11歳になってまた勿来に戻りました。
それ以来高校を卒業するまで夏には勿来海水浴場に毎日のように通ったものです。

それ以降大学でも社会人になってからでも海水浴は勿来海水浴場でした。
今まで他の海で泳いだのは数えるほどしかありません。

中学に入った頃サーフィンミュージックが流行し、浜辺でアマチュアバンドがエレキを鳴らしているのにあこがれたものでした。
この辺のことは次のブログに書きました。
http://katintokei.at.webry.info/201507/article_3403.html

その頃の写真があればいいのですが我が家にはありません。・・・・・いやネットを探せば当時の写真がでてくるかな?

おお出て来ました。
http://www.city.iwaki.lg.jp/www/sp/contents/1469587498526/index.html
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おお懐かしい。
下段の写真で左手の岩が二つ島といい、右手の岩に鳥居が立っていますね。
この二つ島に上陸するのは満潮時は非常に危険でした。
隠れた岩が周囲にいくつかありましたから。

鳥居の岩は現在ないが、どうしたかは知りません。
隠れ岩と同じく危険だからといって撤去したのだろうか。

それから次の写真の中央手前の岬を私は「出っ張り」と称してそこまで泳いで行くのが日課でした。
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その岬の先に岩棚があり岩にくっついている牡蠣をドライバーでひっぺがえし中身をすするのが楽しみでした。
真夏の牡蠣でも生きているのをその場で食べるから中毒にかかったことはありません。

次の写真は二つ島に上陸している図ですがこの岩の根元は抉れていて引き波の時、足が吸い込まれる危険がありました。
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足を吸い込まれて死にそうになった父の体験談を聞かされてここには近づかないようにしました。

今は沖合いにテトラポッドが敷設されていますが、当時はありませんでした。
大波が押し寄せるとボードなしの波乗りが出来ましたが今じゃそれは無理でしょう。
テトラポッドは楽しみを奪う無粋なものです。
それに二つ島は周囲を人口岩で覆われてしまい昔の雄姿も危険もありません。
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危険とスリルを悉く遠ざけるのが果たしていいのだろうか?
甚だ疑問に思うこの頃です。

さて勿来海水浴場で泳がなくなったのは何時頃だったんだろう。
社会人になって東京に住む様になってからはめっきり勿来の海に行かなくなってしまいました。
我が子が小学校の頃が最後かな。
ということはもう30年近く勿来の海で泳いでないことになるな。
ちと寂しいがもうこの歳で海水浴もないだろう。
次に勿来の海に行くとしたら孫を連れて海の家でビールをチビチビかな。












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