10月4日 一日一電

【電凸】NHK 一日一電…立教大の名誉教授は勘違いしてませんか?



23分頃、「当時日本が朝鮮人をどのように見ていたのか、歴史学者の山田昭次さんは長年、研究してきました。」というナレーションに続き、立教大学の名誉教授の山田昭次さんは次のように話しています。

「三・一運動はそもそも非暴力運動として始まったんですよ。ところが日本が暴力運動をやったから、それで朝鮮人も暴力で対抗するようになる。それで朝鮮人というのは、やたらそのー、無暗に暗殺を謀り陰謀するものだという風に日本人の多くは思うようになっちゃったんですね。」

私の記憶とは違うなと思って、インターネットなどで調べてみました。
矢張りこの方だけがこのような見解を述べているようです。

ワサビさんのブログから転載させていただきます。
http://wasavi0032016.hatenablog.jp/en...
※管理人ワサビよりコメント
『3.1運動はそもそも非暴力運動として始まったんですよ。ところが日本が暴力運動をやったから、それで朝鮮人も暴力で対抗するようになる。』←これは史実ではなくS・Yさんの単なる持論ではないかと思われます。

(参考記事)
三・一運動の真実|かつて日本は美しかった

※上記記事より一部引用
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三・一運動は当初は平和的なデモで、日本軍警はデモ隊を保護していました。次第にデモは暴力的なものに変質していきます。「堤岩里事件で日本軍が全員教会に集めて虐殺した」という話がありますが、嘘っぱちで、暴力を取り締まるために武力を使ったのであり、それまで平和的に話し合おうとしていたのです。
この三・一運動は花樹里警察官駐在所で日本人の憲兵6人と警察官2名が殺害され、放火などによる役場全壊19、一部破壊29、警察署・警察官駐在所・憲兵分隊・同分遺所・同駐在所については全壊16、一部破壊29、郵便局の全壊2、一部破壊9という暴力行為が行われました。この逮捕者はその年の5月8日には1万2668人にのぼりました。そのうち3789人は不起訴となり、約半数ほどが起訴されました。5月20日時点で有罪は3967人でしたが、死刑はゼロ、無期もゼロ、15年以上もゼロ、10年~14年が6名であり、3年以上の禁固刑になったのは有罪となった3967人のうちわずか80名であり、2%です。日本の裁判は公正であり、寛大だったといえます。

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