10月3日一日二電

【電凸】NHK 一日一電…東大教授って分類もできないの?


(ナレーション)
震災の前の年、東京には少なくとも5000人程の朝鮮人が暮らしていました。多くは朝鮮半島からの出稼ぎ労働者、その朝鮮人に悲劇が起きたのです。2009年、国の中央防災会議が関東大震災に関する報告書を出しました。震災の教訓を様々な観点からまとめたものです。
その中で、国の組織として初めて朝鮮人殺傷事件について詳細に分析しました。『軍、警察、市民ともに例外とは言い切れない規模で武力や暴力を行使した。』

その後に、中央防災会議の報告書が映され、その目次がアップで映される。

第2節 殺傷事件の発生(鈴木淳)
1 殺傷事件の概要
(1) 朝鮮人への迫害
(2) 中国人の殺傷
(3) 日本人の殺傷

「中央防災会議報告書」の目次をよく見ると上記のとおり、中国人と日本人は「殺傷」なのに、朝鮮人は「迫害」となっている。
そもそも「殺傷事件の発生」の節なのに「迫害」って、正しく分類もできない鈴木淳教授は本当に東大教授なのか?





【電凸】NHK 一日一電…染谷で死んだ朝鮮人について


31分頃のナレーション
この染谷での事件は司法省の調査書にも記されていました。
『九月四日午前二時頃、北足立郡片柳村 染谷地内、被害者『姜大興(カン・デフン)』、殺人、鎗、日本刀ニテ殺害ス』

この朝鮮人の名前がなぜわかったのか気になり調べました。

姜大興(カン・デフン)は名前が確認された非常に珍しい事例だ。
大震災が起きると、当時の埼玉県警は県内に住んでいた朝鮮人を集め、県の北部にある群馬県などに移送する計画を立てた。姜はこの過程で集団からはぐれて道に迷い、片柳村に入りこんだと推定される。
地震発生から三日後の9月4日午前2時死亡

39分頃のナレーションで次のように説明しています。
9月3日午後6時には、警視庁は市民に対して次のような広告を発します。『一部 不逞鮮人ノ妄動アリタルヲ 大部分ハ順良ニシテ 何等強行ヲ得ズニシテ之ナシ』大部分の朝鮮人は従順で善良なので迫害しないように呼びかけたのです。政府は朝鮮人を保護する方針を打ち出します。
千葉県習志野の陸軍の収容所などに朝鮮人を集め、保護したのです。

つまり、9月3日午後6時に警視庁が広告を発してから、わずか8時間後の9月4日午前2時に染谷で死んでいるのです。
姜大興(カン・デフン)は「いつ」「どこで」保護され、「どのようにして」はぐれたのでしょう?
というか、本当にはぐれたのでしょうか?
逃走したのではないのでしょうか?
謎だらけの朝鮮人です。



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