国束山

昨日のブログ「伊勢時代の山行・旅記録」に載せた本の表紙の山は何だろう?
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本のどこを探しても説明が載っていません。
でも私はここに写った橋をひと目見て、見たことある橋だなーと思いました。
9年間伊勢に住んでいたからピンと来たのです。
それを確かめるべくこの風景が見られるであろう道路のストリートビューを見てみました。
おお!同じ景色だ。じゃこれは内城田大橋だ。
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となると正面の山は「国束山」だな。
私が伊勢の山歩きのスタートを飾った山である。
でも普段見慣れていた方角と違うから調べてみるまで判らなかった。

あれ?おかしい。橋の橋脚の本数が違うね。
あっ!そうそう。これは橋がリニューアルされたからだ。
なんか工事をしていた記憶があるもの。

それから古い橋の橋脚の所で泳いだことも思い出したぞ。
もう20年も前だ。会社の友人の家族と一緒だった。
いやー懐かしいねー。

さて話が「国束山」に行ったので「国束山」登山の話でもするか。

国束山は読んで字のごとく国を束ねる山と言われるように山上に寺院がたくさんあったそうだ。
今ではそれが麓に移動して寺院の跡が残っているだけである。
当時登った時も寺院跡は全然わからず石碑が少し残っていたような記憶しかない。
だからろくな写真も残っていない。ここの写真はネットからの借り物である。
国束山遠景
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国束山の山頂
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旧国束寺の配置図
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旧国束寺の跡
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さてその国束山の登坂記である。(自分の記録用だから読み飛ばしてね)
 

国束山:標高410m

1996/10/19

バイクで出かけた。(スズキバーディー50cc)
途中、朝熊岳の名物男(小俣の●●さん)が歩いているのに遭った。
登山口手前の弘法石を見て、ちょっと登ると林道左に国束山登り口が現れた。
道はけっこうな急坂で北面のため明るくなくなんとなくさびしい。
頂上近くになると道が平坦になり昔の石畳や灯篭などが残っていた。
途中塔のようなものがあった。
寺の跡地には石垣が残っている。
木を切ったばかりで倒木がころがっていた。
その辺りを巻いて頂上に行ったが、頂上はわずかに南面だけが展望ありで、他は見えない。
度会町の中学校と橋(内城田大橋)が良く見えた。
平生方面に下る道もあったが、元へ戻った。
下りかけた所に例のおじさんに出会った。
「こんにちは」と挨拶したら”ハイ・・・ムニャムニャムニャ”
よく解らなかった。
今は毎日国束山に来ているらしい。(それまでは毎日朝熊岳通い)
下りは例のごとくひざが痛みかけた。
木を拾って杖代わりにしてようやく下に着いた。
バイクで帰りがけに野中の浅間山の取り付きまで行ったが、ひざが痛くて登るのをあきらめた。
ミカン畑があったので2ケつまみ食いしてしまった。(ごめんなさい)




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