熊野古道の伊勢路探訪

昨日の『海難1890』について串本付近をいろいろ調べていたら熊野古道が引っかかってきました。
おー懐かしいね・・・。昔歩いたからね。
私が伊勢に単身赴任していた1995~2000年のことである。
こりゃ思い出したついでに当時のことを書いておこう。

でもこれから取り上げる伊勢路は残念ながら世界遺産登録対象から外れている。
素晴らしい道がたくさんあるのに。
なんでかネー、ブツブツ。

当時歩いたガイドブックを探したら出てきました。
それを見ると当時の思い出が蘇ります。
ガイドブックには伊勢路に11の古道コースが載っています。
そのうち実際に歩いたコースは伊勢から熊野市までの7カ所でした。
熊野市から先は日帰りが困難だからパスでした。
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この地図の①~⑦までのコースを歩いたんだわ。
①の女鬼峠だけはバイクで遠征したが、後は全部紀勢線の鉄道を利用したはずだ。
それぞれに断片的な思い出はあるが、もうほとんど忘れているね。

おや?本の見開きになにやら落書きがありました。
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ああこれは一番難所と言われた八鬼山越えコースを歩いた時のメモだわ。
本に落書きするくらいだから、強烈に印象に残ったんだ。
でもここに書き込んだことはすっかり忘れていたわ。

2000/1/10 宮川6:44 尾鷲9:10
タクシーで登口まで
八鬼山の桜の広場は展望Good
13:33三木里発に乗るため
終番(盤)はかけ足
駅目前で列車入線に走ってかけ込む
階段で足が上らない すべり込みセーフ
汗が止まらない


そうそう尾鷲駅から八鬼山越えの取り付きまではずるをしてタクシー使ったんだ。
それじゃこの八鬼山越えコースを紹介してみよう。
と言っても16年前になるからほとんど覚えちゃいない。
ガイドブックに沿って歩いた事は確かだから、私のレポートはガイドブックと同じネ。(手抜きです)
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いやーだんだん思い出してきたぞ。
山を越えて里に近づいてみたらあと15分ぐらいで列車が来るが、歩いたら間に合わない。
次の列車は2時間くらい後。
これは走らなくちゃと走り始めたが、なかなか駅に近づかない。
ようやく駅が見えたと思ったらあと数分しかない。
そこからほぼ全力疾走。
駅舎に着いたら列車はすでに着いていた。
ところがホームは跨線橋を渡らないといけなかった。
階段を必死に駆け上がり列車に飛び乗ったと同時にドアが閉じた。
運転手が待っててくれたのだ。
ハア・ハア息も絶え絶え、汗が滝のように流れる。
あんなに必死に走ったのは高校以来いまだかつてない。
でも車掌が回って来て切符を買うとき私はお礼を忘れなかった。

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