私の昭和史-9

前回に続き大学時代の思い出です。
入学したての時にキャンパスのクラブ案内をみて私は「ギター愛好会」に入りました。
高校時代にちょっとばかりギターをかじっていたからです。
この時初めてクラシックギターを習いました。
先輩のうまさに感激して結構のめり込みました。
その時の学内の発表会の写真です。
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そう言えば今思い出したのですが、仙台市内の日立ホールで演奏発表会があり、自分は独奏で「雨だれ」を弾きました。前日に右薬指の爪を割って、急遽小指で代替したのを覚えています。今考えるとよく弾いたもんだ。

ところが3年前に脳梗塞を患って左手がマヒしてからはギターに一切触ることもなくなりました。全然左指が押さえられなくなったからです。
でも指のリハビリとボケ防止を考えてまたギターを始めることにしました。
がんばるぞー。

さてギターと並行してのめり込んだのがサイクリングです。
平泉北海道それから日本海のサイクリングはブログでも紹介しました。
実はこのサイクリングにのめり込むきっかけとなったのが仙台~山形~福島~仙台のサイクリングでした。
この時はまだ関山トンネルが旧道の時代でした。
記憶が曖昧だが峠道は未舗装だった気がする。

山形では磐城高校の仲間がいたから山形大学の学寮に泊めてもらいました。
(私と風間君と山形大学の猪狩君です。ピンボケですみません)
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翌日栗子トンネルを越えて福島へ。近くの銭湯で汗を流し福島のおばさんの家に泊めてもらいました。
この時は従姉妹の佳子ちゃんが家にいました。
彼女とは幼いころからの友達で只見にも勿来にも遊びに来たし、尾瀬にも一緒に行きましたが、結婚して若くして癌で亡くなりました。(平成3年1月)

さてギター愛好会もサイクリングで忙しくなって退部し、次いでサイクリングも一段落したら次は車であちこち出かけました。
車を手に入れたいきさつは「初めての愛車は12000円」で紹介しました。

車旅行の一番の思い出はなんたって十和田湖です。
十和田湖の発荷峠で車中泊を初めて経験しました。
(次が十和田湖畔です10月で紅葉が始まったころです)
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そこから奥入瀬~八甲田山~津軽半島~竜飛岬と回りました。
(こちら八甲田山ですが雲に頭が隠れています)
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(津軽半島を竜飛を目差して。バックは下北半島です)
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竜飛岬は当時まだ青函トンネルの工事中でした。
岬には津軽海峡を見張っている自衛隊のトーチカみたいのがあり、隊員が双眼鏡で覗いていました。
津軽海峡を通る外国船や潜水艦を見張っていたんだろうね。
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ここから秋田に向かう途中、危うく転落する目に会いました。
山中の細い道を走っていた時S君がよそ見運転をしたのです。
目の前に道が無いことに気付いた仲間が大声で叫んで急停車して事なきを得ましたが、しばらくは心臓がひっくり返るかと思いました。

秋田では大学寮に友達がいたので泊めてもらいました。
何人か磐城高校の仲間がいました。
大宴会をした記憶がありますが、もう場所も寮も覚えていません。

そこから田沢湖~仙岩峠~小岩井農場を回って仙台に戻りました。
この辺りの記憶はさっぱりないのですが、写真が残っているから話をつなげてみました。

田沢湖では慣例になったボート漕ぎをしました。
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仙岩峠は今ではトンネルであっという間に越えますが当時はグネグネ道でした。
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小岩井農場は当時から有名でしたから寄ってみました。
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振り返ってみるとたかだか二泊三日の旅でしたがかなりの時間を費やしたような気がします。

この十和田旅行を筆頭に、三陸から下北半島の旅、三国峠や金精峠、大峠、只見、大田市などにも足を入れた記憶がありますがどこを回ったのか今となっては覚えていません。
とにかくブログに書いたブルーバードでは12000Kmほど乗り回しました。

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