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zoom RSS 染井霊園に眠る吉田茂八

<<   作成日時 : 2018/06/02 01:01   >>

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一昨日いつもの散歩で染井霊園を訪れた。
今までも何度か行っているが、今回は著名人の墓の写真を残そうと思った。

霊園の事務所の近くに案内板があった。
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http://www.sugamo123.com/photo-gallery-somei-reien-haihuannaizu-ura.html
それを頼りに今回のターゲットは「松浦武四郎」「岡倉天心」「高村光太郎・智恵子」に絞った。
この三方は皆さんもよくご存じだろう。
多分過去に訪れて写真も撮っているはずだが整理がいいので・・・

取り敢えず今回撮った写真を掲載しておきます。
松浦武四郎
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岡倉天心
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高村光太郎・智恵子
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さてお目当ての写真は撮ったからあとはプラプラプラタモリ。
・・・・・・・
おや?この墓の碑文は目に付くね。
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なになに?北海道開拓の始祖だって。
それじゃ「松浦武四郎」と大いに関係あるじゃないか。

どんな人なんだろう?
「吉田茂八」? 知らねーな。
なになに・・・なんと札幌は開拓当時和人が2戸7人だけだったのか。
そのもう一戸が「志村鉄一」というのか。

ふーん。これは興味をそそるね。

期待しないでググってみたらゾロゾロと出てきましたよ。
http://sapporo-jouhoukan.jp/sapporo-siryoukan/bunkaisan/037.html
https://blog.goo.ne.jp/komamasa24goo/e/f95eb16b2d5088f0eb1c9cee8fca067c
https://ameblo.jp/nyh3boys/entry-12006117725.html
そんな中から一部引用してみよう。
札幌の今の人口は190万人を越えたという。
日本で5番目の大都市である。
ところで、ここに1枚の古地図がある。
約150年程前のものである。
これが、どこの地図かというと、札幌の地図なのだという。
その時札幌に住んでいた和人は僅か2戸、7名だったという。
当時この地が190万都市となるとは、誰も想像できなかっただろう。
地図の手前側に『鉄一』と書かれているのが『志村鉄一』、奥に書かれている『モハ』が『吉田茂八( もはち)』という人物となる。
この二人が札幌の開祖とされる。
二人とも豊平川の渡し守だった。
『志村鉄一』は右岸の東側に家族3名で住み、『吉田茂八』は左岸の西側に家族4名で住んだ。
『志村鉄一』の方がいくらか先に住み始めたようである。
もっとも、当然ながら札幌にはその前からアイヌ人が数戸住んでいたという。

・・・・後略
画像

http://midomidotacnet.blog.fc2.com/blog-entry-436.html

へーなるほどねー。
札幌は150年前はほぼ原野だったんだ。


そしてなんと彼ら二人はウイキペディアにも載っているではないか。
https://bit.ly/2sEtuYP
https://bit.ly/2J4lQ4G
へーそんなに有名なお方でしたか。
でも染井霊園の案内板には載っていませんね。
選別の基準が違うのかな。




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