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zoom RSS 『軍艦島』の真実

<<   作成日時 : 2017/08/08 11:33   >>

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桜井誠さんが『軍艦島』の真実をブログで2回にわたって述べています。
賢明な読者はすでに良くご存知とは思いますが良く纏まっていますので、全文紹介します。
これを読むと朝鮮人の嘘が良くわかります。
本当に「嘘つきは朝鮮人の始まり」とはよく言ったものです。

韓国で上映中の反日プロパガンダ映画『軍艦島』 その軍艦島を含む関連施設が明治の産業遺産として世界遺産に登録された際の騒ぎは皆さんもご存知のことかと思います。韓国側がごねまくり、結局日本側が何時もの通り折れてようやく世界遺産に登録された屈辱的なものでした。そして、その世界遺産『軍艦島』を訪れた韓国人が「朝鮮人強制徴用の悲しい歴史を抱えている軍艦島(端島)に最近、新しい案内板が建てられた」「だが強制徴用に関する言及は全くなかった」と騒ぎ立てているのです。

韓国広報専門家である誠信女子大教授の徐敬徳(ソ・ギョンドク)は「日本は登録以降、いかなる約束も守っていない」「これは強制徴用を隠そうとするその場しのぎの策略に過ぎず、明らかな歴史歪曲」と強調。また、徐は今年末まで日本政府が約束した約4万人に及ぶ強制徴用を紹介する情報センターの建立などが行われなければ、今まで8回にわたって軍艦島を訪問して確保した数枚の写真資料と映像をユネスコ側に送って「軍艦島の世界遺産撤回運動」を展開していく計画だそうです。

本当に愚かな民族です。そもそも戦時動員された人数は全国で22万人であり、そのうちの5分の1がこの小さな島に送られたとする法螺話自体に無理があるのです。ちなみに、民斡旋(アルバイトニュースのようなもの)では14万7000人、官斡旋(ハローワークのようなもの)では30万人が来日しています。しかし、民斡旋も官斡旋も「斡旋」と名がつくように強制ではなく、本人の意思で日本で働き賃金を得ていました。動員令が半島でも発令されたのは昭和19年(1944年)からであり、日本側は最後の最後まで朝鮮人たちの意思を尊重していたことが分かります。

反日妄想で凝り固まった韓国人に何を言っても無駄ですが、当時日本は戦争を行っており、戦争中は朝鮮人も率先して大日本帝国の一員として戦った戦友でした。戦争が日本の敗戦で終わると、朝鮮人らは掌返しで戦勝国民を気取って日本国内で暴れまわり、手が付けられなかった彼らを半島に返すべく二度にわたって帰還事業、帰国事業が行われています。にも拘らず、それでも日本に残ったのが在日一世と呼ばれる輩だったのです。あれから七十年以上が経ちました。日本は在日問題、朝鮮問題に区切りを付けて新たな道を歩むべきであり、私たちの子供や孫の世代にまで、この問題を引き継がせてはならないと考えます。2017年07月21日


端島(軍艦島)が日韓で話題になり始めたのは、同島を含む明治の産業遺産がモンドセレクション金賞ではなく…世界遺産に登録されるにあたり、韓国側が「軍艦島に朝鮮人が強制労働させられたニダ」と騒ぎだしてからです。つまり数年前以前について、軍艦島が話題に上ることは日本でもほとんどなく、韓国に至ってはまったくといって良いほど、その名前は聞かれませんでした。はっきり言えば韓国人自身、軍艦島を知らなかったのです。ところが、世界遺産の登録に際して、軍艦島という格好の反日のネタが入ってきたため、急きょ強制連行された不逞鮮爺を連れ出し、テレビカメラの前で「あそこは地獄島だった」などと証言させているのです。もちろん、当の本人も嘘であることは承知しているでしょうが、嘘がいつの間にか真実になる国、それが韓国という国家なのです。こうして、軍艦島は韓国で大きな話題となり、現在では反日プロパガンダとして虚構映画まで公開されるに至っています。

では実際のところ、軍艦島とはどんなところだったのでしょうか?軍艦島は正式な名称は端島と言います。そして、この島は日本でも有数の炭坑採掘場があったのです。ただし、その炭鉱は海底炭坑でした。そのため、通常の探鉱作業とは違い、海底を掘りながら石炭を採掘するという当時としては高度な技術が要求されるものでした。そのため、軍艦島では優秀な人材が必要とされており、また優秀な人材を受け入れるために、島自体を自己完結型の街として作ったのです。具体的には衣食住が保障され、住居は当時としても珍しい電化製品が整い、炭坑労働で疲れた体を癒すため個別のバスタブ(当時は銭湯が主流)、何よりそれぞれに個室が与えられる好待遇の労働条件が整っていました。もちろん、それは労働、海底採掘が厳しい労働であったことの裏返しなのですが、厳しい労働に対して相応の厚遇で応えるのは基本であり、ハイリスクハイリターンの形になっています。

軍艦島は決して悲劇の島でも地獄島でもなかったことがこれでお分かりになったでしょう。確かに、現在の価値観からみれば軍艦島に限らず、探鉱作業は極めてきつい・危険・汚いの3K職場に映るでしょう。しかし、当時の価値観では、炭坑労働は花形産業であり、現在の大卒初任給にあたる賃金が33円の時代に、炭坑労働者のそれは100円を超える額になっていました。大卒者よりも3倍の給金を貰える、だからこそ炭坑労働は当時の花形産業であり、多くの日本人そして朝鮮人がこぞって炭坑労働の募集があれば手を挙げたのです。その後、エネルギー資源として石油の活用が顕著になると炭鉱産業は衰退していくのですが、それは昭和30年代以降の話であり、この時点では間違いなく炭坑産業は日本最大の花形産業の一つだったのです。

本日「軍艦島」への観光を行います。有志十人とともに軍艦島に向かい、往時を偲んで来ようと思います。事実は事実として国民に周知していくこと、それが今後日本側に求められることではないでしょうか。軍艦島を通じて、強制連行や強制労働などの虚構が一人でも多くの国民に伝わることを心から望みます。2017年08月08日

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