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zoom RSS 裏磐梯復興の恩人・遠藤現夢翁

<<   作成日時 : 2017/07/16 15:12   >>

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友人の友人のメールから転載します。

一昨日裏磐梯の温泉に泊まり、昨日は五色沼を往復散策してきました。
好天に恵まれ、高原の涼しい風に吹かれて、浮世を忘れるひと時でした。
今日は朝から溜まったメールに目を通し、たちまち現実に戻りました。

この度初めて知ったのですが、磐梯山の大噴火によって荒廃した裏磐梯を今日ように緑豊かな森林地帯に変え、五色沼の散策も出来ように山麓を整備したのは、遠藤現夢翁という人物でした。
散策コースから外れて鬱蒼と繁る草木をかき分けてかなり進むと翁の墓があり、今日の地域の繁栄の基をつくって呉れた翁にお礼のお参りしてきました。
巨岩の下にひっそりと佇む墓石は、その人柄を現しているようで幽玄な雰囲気を漂わせていました。
明治の日本人は本当に立派な人がいた、とつくずく思った次第です。


私が小学生で只見に住んでいたころの記憶である。
磐越西線の猪苗代と若松の間を通ると沿線に巨岩がゴロゴロ転がっていて異様だったことを覚えている。
それが磐梯山の噴火で飛んできた岩だと聞かされて驚いたものである。
だからその岩が1888年の磐梯山の大噴火の痕跡と私は認識していた。

でも調べてみると磐梯山は過去に何回も噴火しており1888年のものは噴火に伴う山体崩壊とのことなので、磐越西線沿いの岩はそれ以前の噴火のものかもしれない。

まあいずれにせよ1888年の噴火で裏磐梯一帯がめちゃめちゃにやられ桧原湖はじめ大小約300の湖が作られその一帯は不毛の地となったわけである。
それは磐梯山の歴史として認識していましたが、今の裏磐梯の緑が個人の努力で蘇ったことは全く知りませんでした。

噴火後の裏磐梯は一年どころか十数年も火山灰や泥流で埋めつくされ、荒野のままであった。そこで、遠藤は荒れ地を緑化し森に変えたいと願っていた。
1910大正8年、遠藤は植林の権利を手に入れ、植林を開始。
荒廃した土地478町歩余りを払い下げてもらい、私費を投じ、約2年をかけ気の遠くなるような1340haに及ぶ広い土地に植林を行いました。

http://keyakinokaze.cocolog-nifty.com/rekishibooks/2016/07/post-866b.html

それでこのような美しい風景が蘇ったのですか。
先人に感謝ですね。
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遠藤現夢翁
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遠藤現夢翁の墓と地図
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